半田 裕
HIROSHI HANDA
1989年、IMG東京に入社、サッカーのピエール・リトバルスキー、ロベルト・バッジョ、スキーのジャン・クロード・キリー、アルベルト・トンバ、F1のアイルトン・セナ、アラン・プロスト、ミハエル・シューマッハ。アメフトのジョー・モンタナ、体操のナディア・コマネチ、バート・コナーなど、多くの著名スポーツ選手のマネージメントおよびサッカー、ベースボール、アメリカンフットボール (IVY BOWLの6回の開催)、オペラカルメン、等の大型イベントビジネスの契約、企画立案、運営に携わる。
※1984年~1998年 日本社会人アメリカンフットボール協会(Xリーグ)の常務理事兼事務局長を13年間務める
1998年、日韓共同開催のサッカー・ワールドカップに向けて設立されたアディダス ジャパンの創設メンバーとして活躍。1998 年の長野冬季オリンピック、サッカー日本代表の契約、早稲田大学等の契約を含め創世記のアディダスジャパンのすべてのコンテンツを確保する契約にかかわる。
その後は2002年日韓ワールドカップのマーケティング活動を戦略立案し幅広く展開する。
2002年、ワールドカップ終了後、活躍の場をナイキジャパンに移す。サッカー、野球、バスケットボール、ランニング等主要競技でナイキスポーツマーケティングの陣頭指揮をとり、サッカーの中田英寿、小野伸二、稲本潤一、高原直泰、野球のダルビッシュ・有、松坂大輔、バスケットボールの田臥勇太など、多くのトップアスリートを活用するブランドマーケティング活動に関わる。
2006 年、ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社の設立時より取締役として活躍、伊達公子、キッド山本等のアスリートマネージメント、A3チャピオンズカップ(サッカー)、トヨタレクサスチャンピオンズチャレンジ(ゴルフ)を筆頭にしたブランド・スポーツマーケティングプロジェクト活動の企画・運営の陣頭指揮を執る。
2009年に自身の会社、Office Strategic Service株式会社を設立。ウォルトディズニージャパン、クロックスジャパン、財団法人JKAおよび日本自転車競技連盟、バンタンスポーツアカデミー、ローリングスジャパン、George P. Johnson社、Blippar Japan、カンタベリージャパン、イオンホールディングス等複数の企業の事業及びマーケティングのコンサルティング業務および、日本トップリーグ連携機構の強化プロジェクトメンバーとして全国的な活動に従事する。
2016年4月よりの大阪経済大学の客員教授職を経て、2018年4月に教授職を拝受 国際スポーツマーケティング論を研究課題とする。2021年1月 大阪経済大学 人間科学部長に就任
23年3月末で大学を退官。
2023年8月に一般社団法人グローバルスポーツマーケティング研究機構を設立、代表理事に就任。 活動拠点を東京に戻し、日本のスポーツ界の変革に貢献する次世代の教育事業を中心とした新たなるマーケティング活動を始動する。
2025年12月に佐賀県スポーツ推進審議会委員に就任、佐賀県のスポーツ行政(SSP構想)に深く関わっている。